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王隠堂農園─農業と福祉がつくる 地域の未来

働くことに悩みを抱える若者がいる一方、農業従事者は年々減少している。生活クラブ連合会(東京都新宿区)の提携生産者、王隠堂農園の専務取締役である和田宗隆さんは、「農業には多様な人が働く場所がある」として、障害者や仕事に就けない若者の就労支援を積極的に進めている。
職場訓練中の坂本直哉さんと上野由香さん。坂本さんは5月の面接後、王隠堂農園に就職した

農業生産法人有限会社「王隠堂農園」は、梅、富有ふゆ柿、刀根とね柿や、梅ぼしなどの加工品を生産する生活クラブの提携生産者だ。奈良県五條市を中心とした地域で、約900軒の生産者が梅や柿、野菜を栽培する。2006年、紀伊半島の他の産直生産者グループと共に、選果、加工、物流を共同し、事務局機能を持つ地域共同センター「パンドラファーム」を設立した。 

 王隠堂農園の専務取締役、和田宗隆さん
王隠堂農園の専務取締役で、同センターの代表取締役でもある和田宗隆さんは、「当時、地域の人口がどんどん減り高齢化が進み、このままでは農業に就く人がいなくなってしまうのではないかと危機感を持っていました」と振り返る。

農業従事者が減る一方で、現在の日本にはさまざまな事情から仕事に就けない若者が大勢いる。厚生労働省では、障害者手帳は持たないが、人との関係をうまく作ることができず、ニートや引きこもりになるなど社会に出られない15歳から39歳までの若者の就労を支援する機関、「地域若者サポートステーション(サポステ)」を全国の約170カ所に設置。運営を各地域のNPO法人などに委託している。

和田さんは、農業こそ、そういう若者が働く場所ではないかとの考えを持ち、障害者や若者の就労支援のひとつとして、パンドラファームと共に農作業などの職場体験を受け入れてきた。

「農業は作業の種類や工程がさまざまあります。畑へ行けば、種を植えるところに穴をあけるなどの作業、加工場があるセンターでは、収穫物の袋詰めやラベル張りなど、一人一人の能力に合わせてできることがたくさんあり、受け入れやすいです。また、働き手としても十分な戦力と考えています」。職場体験と就労訓練を経て就農した人もいる。和田さんは、将来、本格的に障害者の人たちが働くことができる環境を整えるためには、専門家が必要だと考えるようになった。

そのころ、上野由香さんは、和歌山県橋本市にある「若者サポートステーションきのかわ」で悩みながら仕事をしていた。「そこの若者たちが、さまざまな体験学習や訓練を経て就職しようとしても、なかなか理解のある職場はみつかりません。どんなに働く意欲を持ち力量があっても、履歴書が真っ白ではどうにもならないのです」

そんなとき、サポステの農業体験者をとてもあたたかく受け入れていたのが、王隠堂農園の和田さんだ。同農園の就労支援に対する考えを聞き、自分が入社して受け入れる側になろうと決めた上野さん。「支援する側だった私の経験を生かせるのではないかと思いました」

築かれる信頼関係

 王隠堂農園で就労支援に取り組む上野由香さん。職場体験がある時は、一人一人の参加者に寄り添う

こうして上野さんが王隠堂農園で仕事をするようになり3年が過ぎた。就労支援を希望する奈良県雇用政策課や地域のサポステ、障害者就業・生活支援センターなどの支援機関と、受け入れる王隠堂農園の間の調整や、参加者の対応に当たる仕事を一手に引き受けてきた。

支援機関から就労支援受け入れの要請があると出向いていき、王隠堂農園のこれまでの取り組みの経過を説明し、本人と支援者に作業を見学してもらうなど、丁寧な対応を心掛けた。就労体験の参加者については、指示が理解しづらい、目を合わせることができない、コミュニケーションがとりづらいなど、その人の普段の様子を、あらかじめ担当者から細かく聞き取りをした。作業によっては上野さん自身もいっしょに行動して参加者の仕事場での様子を支援機関に知らせてきた。

このように支援機関との信頼関係を築き、この3年間で32回の職場体験を実施し、のべ74人が参加した。梅や柿の手入れをしたり、梅ぼしを作り、加工品を袋詰めしてラベルを貼り、段ボールに入れて出荷するなどの仕事を体験し、そのまま7人が採用された。

五條市在住の坂本直哉さんは、9時から16時まで1週間働く職場体験を経て、従業員と同様に8時から17時まで就労する奈良県の委託訓練を始めた。1日目は梅酒用の梅の種を取る作業だった。 「朝からずっとみんなと一緒に仕事をしました。楽しいです。これからここで働くかは考え中ですが、働くことになればいいと思っています」 前回の体験で来た時に、職場の雰囲気がとてもよかったと話し、作業の後片付けをしている従業員たちのもとへ走って戻っていった。

職場体験を受け入れるためには、参加者ができる作業を選び、場所を用意するなどの準備が必要だ。その調整も上野さんの役割だ。「現場の人の負担にならないように、どちらにとってもちょっとは我慢するけど、プラスになる関係を作れたらと思っています。3年が過ぎ、最初は戸惑っていた従業員の人たちからも、『今度こんな作業があるんやけど、職場体験にどう?』と声をかけてもらえるようになりました」と言う。

しかし、いつもうまくいっているわけではない。どんなに本人の意思を尊重しながら働けるようにしようと思っても、現場の雰囲気に合わなくて「やっぱり無理です」と言われることもある。「本人に迷いがないときは進めていいですが、迷いがあれば潔く支援機関へ戻す勇気が必要な時もあります。常に本人のためにも周りのためにも一番の選択を考えています」

共に働ける環境を

和田さんは「自分たちは障害者と向き合って活動した経験がありません。専門家が必要だと考えて、上野さんに来てもらいました。農業とその生産物を加工する作業の中には人の手でしかできない仕事がたくさんあります。彼女が一人一人の力量に合わせて、できる仕事をみつけてくれました」と、目を細める。

「健常者の中に障害者が入ることで、仕事の内容や時間割を柔軟に組み換え、みんながより働きやすい職場に変えることも可能です。健常者は今の自分の状態が当たり前と思っていますが、知らない間にそうではなくなる時がくるかもしれません。これからはどんな人も一緒に働ける環境を作っておくことが必要なのではないかと思います」

王隠堂農園は、そういった仕事場や居場所をたくさん作っていこうという姿勢でいる。 何のお手本もなく、手探りで農業と福祉を結びつけてきた上野さんは、「会社全体の支援と現場の理解があればこその結果です。これから、和歌山県や三重県とも横のつながりを作っていきたいです」と、生活圏が重なる紀伊半島という広い視野で連携を深めようとしている。

撮影/田嶋雅已 文/本紙・伊澤小枝子

『生活と自治』2018年7月号の記事を転載しました。

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