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「認知症の人の心を感じて」―― 心にアプローチする体験プログラム

見守り隊役の吉村美穂さん(中央)と高齢者役の相良真士さん(右)による模擬演技の一場面。訪問拒絶が一変、自分で撮影した写真を訪問者に見せる相良さん


今年6月、政府は「認知症施策推進大綱」を決定した。認知症になっても地域で安心して暮らせる「共生」に加え「予防」の二つを柱とする。当初は予防の目標数値もあったが「発症がマイナスにうけとられかねない」と当事者の反対で修正された。誰もがなり得る認知症に、自分は、社会は、どう向き合っていけばいいのか。NPO法人「アビリティクラブたすけあい」(ACT 東京都中野区)は長年にわたり認知症の人の模擬演技者(SPSD=Simulated Person with Senile Dementiaの略)養成活動を実践してきた。当事者の気持ちを感じ、共に暮らす地域社会づくりを目指す試みだ。

演じることで心を感じる

ピンポーン。「相良さがらさん、いらっしゃいますか?」
「………今取り込み中」
「今日は暑いので体調はいかがですか?」
「うるせぇなぁ、どちらさん?」
「見守り隊の吉村です」
「………」
「近くの公園にカワセミが来て菖蒲しょうぶも咲いてますよ。カメラで撮影してくれませんか?」
「えっ、カメラ!ちょっと待ってて」

ACTが主宰する「SPSD研究会」の「認知症の人の心を感じて――心にアプローチする体験プログラム」演習の一コマだ。独居で引きこもりがちな認知症の人を演じる相良真士まことさん(70代)を、見守り隊役の吉村美穂さん(40代)が訪問する設定で、相良さんの心の動きを考えながら、会話の糸口を見つけようと演技が進む。

終了後、ファシリテーターの「カメラと聞いて頬が緩みましたね」との問いかけに、「拒否し通すつもりだったんだけど、その一言で変わった」と相良さんは心境の変化を振り返った。

吉村さんは義父母の介護を経て、今も実母を介護するACT会員だ。認知症の人のケアは、変化する心と行動に、ケアする人がどうついていけるかが、常に問われていると言う。「模擬演技役で振り返りができ、自分が普段していることが間違っていないと思える大切な機会です」(吉村さん)
ACTは、高齢になっても安心して暮らせる会員同士の助け合いの仕組みを地域につくろうと、1992年に生活クラブ東京が設立した。会員有志が各地で展開する「たすけあいワーカーズ」と連携し、ワーカーズへのサポートや、介護、家事、子育てなどの自立支援事業を行う。SPSD研究会は、2002年、現場のケア者(ヘルパー)の養成、研修を目的に始められた。同会代表の香丸眞理子さんは、研究会が17年間継続している理由をこう話す。「自ら演じることで認知症の人の心を感じ、そこで得た『気づきと学び』が認知症への理解と技術向上につながるからです。ケア者が直面する体験を共有し、ケアにはいく通りものアプローチがあると知ることもできます」

2000年に介護保険制度が始まり、各地のたすけあいワーカーズが介護保険事業サービスを提供するようになると、在宅高齢者のケアも増えた。「物を盗まれたと疑われる、家事援助や入浴を嫌がるなどさまざまな困りごとに、多くのケア者が戸惑っていました」(香丸さん)。当時は「認知症」の用語はなく、医療的にも「痴呆ちほう」と呼称されていた。地域に顕在化してきた、こうした高齢者と家族の暮らしをどう支えればいいのか。
「SPSD研究会」代表の香丸眞理子さん

ACTでは、「高齢者痴呆介護研究・研修センター」(現在は「認知症介護研究・研修東京センター」)の永田久美子さんを講師に招いて、症状があってもその人らしい暮らしを支える訪問型ケアサポートの研修講座を開始した。その際、取り入れたのが模擬演技の演習だ。実施してみると講座の参加者の年齢層は幅広く、高齢者とケア者の役作りもしやすい。永田さんの発案で、模擬演技者をより多く養成しようとSPSD研究会が発足した。
「認知症介護研究・研修東京センター」研究部長の永田久美子さん

自分の力を活かして地域で暮らす

「SPSD体験プログラムは認知症の人が安心して地域で暮らせるように、みんなで考えるグループワークです」と香丸さんは言う。

2003年、東京都立拝島高校(昭島市)から福祉の学習の一環として「困っている人を地域でみかけたら、高校生としてどうサポートしたらよいかを教えてほしい」との依頼があり、1学年7クラスの生徒たちに8年間、授業を行った。当初は窓の外ばかり見ていた生徒も「地域で出合ったら声をかけたい」「複数で同時に声をかけないことが大事」など次第に変わっていった。香丸さんは、生徒が「自分たちでできること」「地域でできること」をグループ別に考え合うまでに成長していく姿に「学び」への手ごたえを感じたという。

その後、都立武蔵野北高校(武蔵野市)でも体験プログラムを授業として実施。また杉並区立荻窪中学校の福祉の学習も担当した。

2004年、厚生労働省は「痴呆」は症状を正しく表していないとして行政用語を「認知症」に切り替え、05年度を「認知症を知る1年」とした。同時に「認知症を知り地域をつくる10ヵ年構想」を掲げ、全国に認知症サポーターを100万人養成することを目標に、養成講座の推進を始めた。

ACTの「出前講座」もこれと連動し、ケア者の研修に止まらず、一般企業や行政の行う認知症サポーター養成講座のフォローアップなどへと展開していった。研修内容は依頼に応じメンバーがアイデアを出し合い組み立てる。「ケア事例を基にすればシナリオは湯水のように湧いてくる」という香丸さんの言葉からは、これまでたすけあいワーカーズの実践などを通して体験してきた事例の多さ、多様さがうかがえる。

この間の行政の動きを、永田さんは「社会全体として20年前より認知症への理解が進んでいる」と評価する。一方で、行政の施策が認知症当事者の立場にたったものか、本人抜きに進められていないか、常に検証していく必要があるという。昨年11月、認知症当事者たちが集う一般社団法人「日本認知症本人ワーキンググループ」は、「認知症と共に生きる希望宣言」を発表した。そこには「……常識の殻を破り前を向いて生きていきます」「自分の力を活かして……社会の一員として、楽しみながらチャレンジしていきます」などの文言が並ぶ。永田さんは、こうした活動に注目し「認知症の本人たち自身が、わからなくなることへの不安や恐怖を抱えながらも『普通の大人としての感性』を大事にして人とつながり、社会に役立ちながら生きていきたいと望んでいます」と話す。

香丸さんが大切にするのも「当事者の声を聴くこと」だ。「そうできないときはSPSDの出番。当事者を演じることでその時感じた一瞬の心の変化を理解でき相手に伝えられます。いまだに『認知症になりたくない』というのが社会の常識。でも私たちは、認知症になっても大丈夫と笑いあえる地域づくりにチャレンジしていきます」と語る。
一般社団法人「日本認知症本人ワーキンググループ」(http://www.jdwg.org/)が発表した「認知症とともに生きる希望宣言」

撮影/永野佳世  文・本紙/桜木幸子

『生活と自治』2019年8月号「連載 手づくりの『地域福祉』を目指して」を転載しました。

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